旦過瀬(読み)たんがのせ

日本歴史地名大系 「旦過瀬」の解説

旦過瀬
たんがのせ

[現在地名]熊本市世安町・本山

白川左岸の本山もとやま河原とよばれる地域で、石塘いしども対岸にあたる。「国誌」の飽田あきた郡横手手永の古町ふるまち村の項に「石塘ノ杉馬場ヲ出、三町可リ南ヘ行キ、白河ノ方ニ古ハ旦過ノ旅僧ヲ宿セシ堂アリ、下辺ハ白川也、飽田郡ヨリ詫磨郡ヘ行ク渉アリ、其所ヲ旦過ノ瀬ト云」とある。古府中こふちゆうに肥後国府があった頃、ここには大橋が架かり、阿蘇に至る大道であったともいう。天正八年(一五八〇)三月隈本くまもと城主城親賢・隈府わいふ(現菊池市)城主隈部親永などは薩摩島津氏と結び、豊後大友氏配下の阿蘇氏と対立していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 古町 軍勢 隈府

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む