早俣村(読み)はやまたむら

日本歴史地名大系 「早俣村」の解説

早俣村
はやまたむら

[現在地名]東松山市早俣

高坂(たかさか)村の東、高坂台地の東に続く都幾(とき)川右岸の沖積低地に位置する。村域の北辺から東辺を都幾川が流れ、南辺を西流する越辺(おつぺ)川に注ぐ。早又とも書かれた。寛永二年(一六二五)七月、加々爪民部少輔(忠澄)は徳川氏から早俣村高三八〇石を宛行われている(記録御用所本古文書)。田園簿では早又村とみえ、田高二八三石余・畑高九二石余。遠江掛塚藩領。元禄郷帳では高五一六石余、国立史料館本元禄郷帳では旗本二家の相給。「風土記稿」では旗本三家の相給。幕末の改革組合取調書では旗本三家の相給。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む