早瀬野村(読み)はやせのむら

日本歴史地名大系 「早瀬野村」の解説

早瀬野村
はやせのむら

[現在地名]大鰐町早瀬野

虹貝(にじかい)川に島田(しまだ)川が合流する地点、東に島田(しまた)村、北に虹貝村の支村蛇石(へびいし)新田がある。

「津軽歴代記類」によれば、重臣高坂蔵人が二代藩主津軽信枚と対立し、慶長一七年(一六一二)六月二〇日弘前城中で謀殺された。蔵人の家族・家来は屋敷にこもって最後まで抵抗して討たれ、高坂方についた二本柳三郎右衛門は、早瀬野口から秋田領へ脱出を図ったが討取られたとある。正保二年(一六四五)の津軽知行高之帳の平賀(ひらか)郡の新田に高一九・五六石とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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