昆布刈村(読み)こぶかりむら

日本歴史地名大系 「昆布刈村」の解説

昆布刈村
こぶかりむら

[現在地名]大分市中判田なかはんだ 昆布刈・庄屋村しようやむら判田台南はんだだいみなみ一丁目・判田台北はんだだいきた一―四丁目、下判田しもはんだ みやはる

大野川の支流である判田川と高江たかえ川が合流する辺りの南側に位置する。正保郷帳に昆布苅村とみえ田高二二〇石余・畑高一二九石余、清田きよた郷に所属。領主変遷下光永しもみつなが村に同じ。寛文年間(一六六一―七三)を中心とするキリシタン検挙で二人が捕らえられ牢死した(貞享三年「大分郡玖珠郡切死丹宗門親類書」長崎県立長崎図書館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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