明星寺村(読み)みようじようじむら

日本歴史地名大系 「明星寺村」の解説

明星寺村
みようじようじむら

[現在地名]飯塚市明星寺

龍王りゆうおう山の東麓に位置し、北東潤野うるの村、南は丘陵を挟んで舎利蔵しやりくら(現穂波町)。民居は北谷きただに南谷にある(続風土記拾遺)。小早川時代の指出前之帳では穂波ほなみ郡明星寺村の田一七町三反余(分米二八三石余)・畠二町三反余(分大豆一二石余)。慶長七年(一六〇二)の検地高五六九石余、うち大豆七三石余(慶長石高帳)。元禄五年(一六九二)には高五七五石余、家数四四・社一、人数三〇二(田圃志)。石高書上帳案の郡帳高も同じ。寛政期(一七八九―一八〇一)の家数五四・人数二二二、牛四七・馬七(別本「続風土記附録」)。村名は当地にある明星寺にちなむ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む