星の宮浅間塚古墳(読み)ほしのみやせんげんづかこふん

日本歴史地名大系 「星の宮浅間塚古墳」の解説

星の宮浅間塚古墳
ほしのみやせんげんづかこふん

[現在地名]益子町塙 星の宮

県立益子高校の校庭南に位置する古墳時代前期末―中期初頭の前方後方墳小貝こかい川右岸約五〇〇メートルの段丘端に前方部を東に向けて立地し、段丘下の水田面との比高は約一三メートル。全長約五二メートル、後方部の長さ・幅とも約二八メートル、高さ約四メートル、前方部長さ約二四メートル、高さ約三・五メートル、幅約二〇メートル。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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