星河城跡(読み)ほしごじようあと

日本歴史地名大系 「星河城跡」の解説

星河城跡
ほしごじようあと

[現在地名]野津町垣河内

垣河内かきがわち南東、垣河内川最上流の山間にある。星川城・星降城とも記される。野津院の武士柴田紹安は大友義統の命を受けて、宇目朝日嶽うめあさひがだけ(現宇目町)に立籠り、野津の星河塞には嫡子左京亮が拠った。天正一四年(一五八六)一〇月島津家久軍があずさ(現宇目町)を越えて進むと、柴田紹安は島津方に内応。家久は紹安を尼顔あまつら(現大分市)に移し、当塞には島津軍が入った。しかし同年一二月四日大友氏家臣佐伯惟定軍が当塞を攻撃、守備兵芦刈大膳亮の内応もあって落城し、左京亮以下全員が討死したという(「高畑理兵衛覚書」萩藩閥閲録・「大友家文書録」など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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