春賀村(読み)はるかむら

日本歴史地名大系 「春賀村」の解説

春賀村
はるかむら

[現在地名]大洲市春賀

天保郷帳に「春ケ村」と記載されている。ひじ川が大洲盆地から出て、北西方向に流れ始める北岸の氾濫原上の村。慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)喜多きた郡の項に「春ケ村 日損所、水損所、茅山有、川有」とあり、村高一千石を超える大村で、近隣村と異なり田高が畑高より多い。大洲藩領。

元文五年(一七四〇)の「大洲秘録」には、「米・大豆・麦・真綿・茶」の土産があり、土地は「場所により善悪有と雖どもよろしき所多し」、民家は「貧窮之者少し、間々富家有り」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む