晴気庄(読み)はるけのしよう

日本歴史地名大系 「晴気庄」の解説

晴気庄
はるけのしよう

現小城町の西北、晴気川の扇状地一帯と考えられ、小城郡下で最も早く開けた所である。初めは晴気領と称し、平安時代末に成立したものと考えられる。

元暦二年(一一八五)八月五日の藤原隆頼あて源頼朝消息(長沼賢海氏蔵)に、「筑紫ニ肥前ニ晴気領と申候ところ一所、為御志所令進候也」とあり、頼朝から前尾張少将隆頼に与えられている。次いで承久三年(一二二一)七月二一日付の藤原隆頼譲状(宗像神社文書)によれば、晴気領は隆頼の嫡子参河前司藤原成亮に譲られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む