智光寺跡(読み)ちこうじあと

日本歴史地名大系 「智光寺跡」の解説

智光寺跡
ちこうじあと

[現在地名]足利市山下町 平石

三方を山に囲まれ、どう山を背にする。南に開けた地で、寺跡の大部分は、現在の足利商業高校敷地にあたる。昭和三九年(一九六四)から翌年にかけての発掘調査によると、堂山を背にして阿弥陀堂が南面し、前庭の先に園池を設けて池中に中島をつくり、それに南・北の橋を架け、園池の周囲には堂宇を建て、堂山を含めた寺地は南北約三〇〇メートル・東西約一八〇メートルと推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む