日本歴史地名大系 「服部谷」の解説 服部谷はつとりだに 福井県:今立郡今立町服部谷今立町の北部、西流する服部川に沿う東西約六キロの谷で、北は河和田(かわだ)谷(現鯖江市)と接している。近世には朽飯(くだし)・高岡(たかおか)・藤木(ふじのき)・領家(りようけ)・春山(はるやま)・波垣(なみがき)・樫尾(かしお)・寺地(てらじ)・横住(よこずみ)・横住新(よこずみしん)・清根(きよね)・相木(あいのき)・河内(こうち)の一三ヵ村からなり、谷奥の河内村より南に坂を越えると池田郷清水谷(しみずだに)村(現池田町)に達する。服部谷は池田郷から粟田部(あわたべ)・鯖江方面に通ずる主要な交通路であった。服部の地名起源について朽飯の八幡神社縁起は「允恭天皇の御世に之速日命十二世の神孫麻羅宿禰の後裔服部連織部司の任を蒙り当地に下向して郷民織部を総領せしより地名服部郷と改め」と伝える。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by