朝立浦(読み)あさだつうら

日本歴史地名大系 「朝立浦」の解説

朝立浦
あさだつうら

[現在地名]三瓶町朝立

屈曲に富む三瓶湾の最も深い部分に位置し、現三瓶町の中心町。朝立川に沿う村で東は津布理(つぶり)村、西は垣生(はぶ)浦に接する。吉田藩領。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の宇和郡の項に「朝立浦 柴山有、茅山有」石高三五四石六斗一合とある。しかし宇和島藩記録「弐墅截」影之平(かげのひら)村の項をみると次のように記してある。

<資料は省略されています>

つまり慶安元年の朝立浦石高は太閤検地(天正一五年―文禄三年)の石高に等しく、明暦三年(一六五七)吉田藩三万石分知の時この村は分割されて、一二三石は宇和島藩領影之平村、二三一石六斗一合は吉田藩領朝立浦となったことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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