木室村(読み)きむろむら

日本歴史地名大系 「木室村」の解説

木室村
きむろむら

本木室(ほんぎむろ)・中木室に比定される中世の村名。三潴(みづま)庄西(さい)郷のうち。南北に分れ、村内に荻島(おぎしま)があった。永仁四年(一二九六)一二月日の玉垂宮并大善寺仏神事記文(御船文書/鎌倉遺文二五)によると、大善(だいぜん)寺玉垂(たまたれ)宮(現久留米市)の冬烝使頭官料一石二斗を負担し、五月会で村田楽・尻巻・右方相撲人占手を出し、九月一九日の九月会では八番の頭役を勤めその料田一町があった。元弘三年(一三三三)一一月二五日の称念寄進状(歴世古文書/鎌倉遺文四二)によると、以前に木室村を含む地は領家(四条家)と地頭の間で中分され、当村は南北ともに領家の進止となり、元亨元年(一三二一)鷲尾金山院鎮守新春日社(現京都市東山区)の御供料所に定められたが、当村北方内田地五町四段余が割分けられ浄土寺に寄進された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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