〈進退〉もほぼ同義。原義は進むことと止まること,つまり進退,挙動,行動そのものを指す言葉であるが,すでに中国でも,他人のそれについての指示という意味をももっており,これが日本に伝わり,〈進止すべし〉(《左経記》)と〈進止を蒙る〉(《令集解》)の二つの用法が並び行われたが,やがて後者の意味が拡大して,人や物を自己の意思に従って自由に取り扱い,あるいは処分する意味に広く用いられるようになった。〈国郡半ば過て一門の所領となり,田園悉く一家の進止たり〉(《平家物語》),〈平家は皆亡びぬ。天下は君の御進退たるべし〉(《源平盛衰記》)はその好例である。ただこのような文学的表現の場合は簡単であるが,法的にみると,中世は荘園的支配が入り組んでいるうえに,公家・武家両政権が並び立つという複雑な国制であったので,ある所領,所職,権限がだれの進止に属するか,ということがひじょうに重要な問題であり,また利害関係者の間で激しく争われた。比較的下級の領主権や親の子に対する教戒権など,主体と客体との関係が直接的・一義的な場合は,進止は排他性の強い支配・処分権を意味した。例えば〈女子,もし向背の儀あらば,父母宜しく進退して意に任すべし〉(《御成敗式目》)がそれである。しかし上級領主権の場合は,実際に所領を管理する荘官などの補任・改易を通してしか,所領の支配は実現されないのが通常であるから,その場合の支配権はその荘官職の進止権として観念された。したがってこのような進止の内容は所職の補任・改易であるが,これらはまた宛行・没収という言葉でも表現された。この意味での進止は,客体たる所職の性質,それをめぐる力関係,慣習などによって,必ずしも排他的でなく,文字どおり〈意のまま〉の処分権とはいえない。またそれがだれに属するかについて紛争が起きることが多い。ことに武家政権の力によって荘園のなかに本所・領家の意思と無関係に地頭職が設けられたことによって,既存の荘園支配体系と地頭との間に問題が生じ,所職そのものだけでなく,それに付随する諸権限(勧農,検断など)の進止の帰属をめぐって紛争が多発し,公家・武家両政権はその解決に苦労した。
近世に入ると,進退という用法が残ったが,領主権が幕藩権力に一元化され,ほぼ純粋な公法的支配権に転化したため領主権について進退という言葉は用いられず,もっぱら田畑,山林,宅地,財産に対する排他的支配(処分権を含む)の意味に用いられた(〈身代〉は進退の転じたものという説もある)。
執筆者:石井 紫郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
中世から近世において領主が土地や財産、さらには人間を支配する権能の歴史概念。類似の用語「知行(ちぎょう)」との相違については第二次世界大戦前以来論争がある。「進止」をわが国固有の法である「占有」と規定し、両者を同一のものとして基本的差異を認めない学説に対し、戦後の法制史家の間では両者の差異を認めながらも内容の定義では見解が異なっている。ただ「進止」の本来的な意味については所領・所職の補任(ぶにん)やそれらを「充行(あておこな)う権能」、その改易や没収する権能など広義の「処分する権能」という点では見解が共通している。つまり、一定の土地(下地(したじ))について、その土地からの収益処分、用益権を知行と呼ぶのに対し、下地そのものの支配権や処分権を進止と称するのであり、両者をあわせもつ場合には一円進止とよばれた。
[木内正広]
『石井良助著『日本法制史概説』(改版、1960・創文社)』
「しんじ」とも。前近代社会において,土地・人間・財産などを支配すること。進退(しんたい)もほぼ同義。古代には,理非・善悪を取り調べて裁定する沙汰(さた)や所勘(しょかん)などを含む支配一般を示す語であった。中世ではより限定されて,所職・所領に対する処分・支配権を意味した。具体的には所職・所領の任命・給与と改易・没収の権限を行使すること。ある土地の年貢などの貢納物に対する進止権と下地(したじ)に対する進止権を合わせもつことを一円進止といった。近世ではさらに限定されて,土地や財産に対する私法的な処分権の行使を意味した。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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