末吉城跡
すえよしじようあと
[現在地名]志賀町末吉
米町川と於古川の合流点を望む城山(五三・八メートル)にあり、笹山城・篠山城・堀松城とも称され、山麓部の堀松には居館とみられる館前の地名がある。山頂からは旧福野潟一帯と日本海が眼下に望める。城域の範囲はほぼ五〇〇メートル四方で、本丸跡・馬駆場など五ヵ所程度の平坦面(郭)があり、本丸跡の背後には大規模な空堀(幅約二五メートル・深さ約三メートル)を備える。穴口村旧記(穴口区有文書)によると、本丸跡は東西四〇間・南北三二間ほどで、深さ約八尺の井戸があり、東に並んで長さ七〇間・幅四間の馬場とみられるものが付設されていた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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