本多忠徳(読み)ほんだ ただのり

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多忠徳」の解説

本多忠徳 ほんだ-ただのり

1818-1860 江戸時代後期の大名
文政元年9月18日生まれ。本多忠知(ただとも)の3男。ふたりの兄の早世により,天保(てんぽう)7年陸奥(むつ)泉藩(福島県)藩主本多家5代となる。14年本丸若年寄。江戸湾の海岸巡検を命じられて調査,のち品川沖に御台場がきずかれた。藩校汲深(きゅうしん)館を創設した。万延元年6月12日死去。43歳。号は汲深斎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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