本所相生町三丁目(読み)ほんじよあいおいちようさんちようめ

日本歴史地名大系 「本所相生町三丁目」の解説

本所相生町三丁目
ほんじよあいおいちようさんちようめ

[現在地名]墨田区両国りようごく四丁目

本所相生町二丁目の東に続く片側町。南はたて川に面し、対岸本所松井ほんじよまつい町二丁目、北は御使番牧野主計屋敷などの武家地。もとは明地であったが、元禄六年(一六九三)に江戸城内辰ノ口たつのくち(現千代田区)から新堀しんぼり大川口(現中央区)飯田橋いいだばし堀留(現千代田区)から数寄屋すきや(現中央区)まで、霊岸れいがん(現同上)から南川口までの川筋の常浚請負人六名の助成地となり、本所相生町三丁目と称した。その後牛込堀常浚助成地となったが、享保五年(一七二〇)五月上地となり、同年九月名主長兵衛へ預けられた。寛延三年(一七五〇)には神田川常浚人助成地となり、寛政二年(一七九〇)再び上地され町年寄与左衛門(樽屋)に預けられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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