本郷森川町(読み)ほんごうもりかわちよう

日本歴史地名大系 「本郷森川町」の解説

本郷森川町
ほんごうもりかわちよう

[現在地名]文京区本郷五―七丁目・弥生やよい一丁目・西片にしかた二丁目

明治五年(一八七二)に旧三河岡崎藩本多家下屋敷と先手鉄砲組屋敷を合せて起立近世には本郷六丁目・本郷菊坂台ほんごうきくざかだい町の北、中山道の西(一部は東)、本郷追分の南にあたっていた。一帯は森川宿の俗称でよばれたが、もともと森川金右衛門氏俊(慶長三年没)に与えられた与力同心の大縄屋敷で、氏俊の屋敷も当地にあった。与力は全員氏俊の親族で(「寛政重修諸家譜」では尾張国平良郷の親族六人を与力にしたという)、森川姓であり、また中山道に面していることもあって、森川宿の俗称が付けられたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む