部屋代,食事代などを受け取って,契約期間中,他人に部屋を提供することを業とする家。東京大学が形態を整えた1877年ごろから,故郷を離れて,東京をはじめとする都市の大学で勉学する学生が増加するのに伴って発達した。当初は,個人が自宅の一部を賃貸しすることに始まったが,明治も中ごろをすぎるころからは,投資の対象となるほど大規模な専業の下宿屋もあらわれるようになった。明治20年前後,東京・神田で,3畳・食事つきの下宿代が1ヵ月当り4円くらい。当時は,外食の利便のない時代だったので,賄いつきと呼ばれた食事つきがふつうで,その食味の優劣が人気を左右したという。その後,第2次大戦後,とくに高度経済成長が時代の趨勢(すうせい)となるころからは,学生数が急増するにつれて,下宿屋に対する需要が激増し,アパート形式の下宿屋が増加,ついに1965年には,権利金100万円のデラックス学生マンションが登場するまでになった。当然,この過程では,外食の利便化が進行したこともあいまって,旧来の〈賄いつきの下宿屋〉は逼塞(ひつそく)するようになった。
執筆者:加藤 秀俊
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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