本願寺街道
ほんがんじかいどう
明治三―四年(一八七〇―七一)に京都の東本願寺が開削した有珠郡オサルベツ(現伊達市長和町)から壮瞥・留寿都・中山峠・定山渓を経て札幌に至る総延長一〇三キロの道路。本願寺道路ともいう。戊辰戦争終結後、徳川家との古い因縁のゆえに維新政府から冷遇されることを恐れた東本願寺は、明治二年九月北海道開拓を政府に出願して許可を受け、翌三年には新門跡の大谷光瑩(現如)自ら北海道を視察して道路開削に着手した。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の本願寺街道の言及
【中山峠】より
…標高836m。1871年(明治4)東本願寺法嗣現如により道南と札幌を結ぶ本願寺街道の峠として開かれた。周辺の原生林の景観,[羊蹄山]やニセコ山地の雄大な眺めがすばらしい。…
※「本願寺街道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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