日本歴史地名大系 「杉野浦道」の解説 杉野浦道すぎのうらみち 佐賀県:東松浦郡杉野浦道塚崎(つかざき)往還と神田(こうだ)村で分れ、竹木場(たけこば)村・唐川(とうのかわ)村(以上現唐津市)を経て赤坂(あかさこ)村(現肥前町)で伊万里への木場(こば)道を分け、中浦(なかうら)村(現肥前町)で名古屋(なごや)(現鎮西町)と伊万里を結ぶ伊万里往還(名古屋往還ともいう)と交差し、杉浦(現肥前町)に達する。「唐津拾風土記」には「唐津より杉浦三里八丁也」と記す。この道は藩政期、平戸藩主が参勤交代の際の往来道である。元禄一一年(一六九八)二月の杉野浦庄屋記録に「元禄十一年寅二月十一日昼八ツ半時、松浦壱岐守殿杉浦御茶屋御一宿、御上下二百九十人、家老山鹿平馬御茶屋次の間新四郎居処にて支度有。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by