東シベリア総督(読み)ひがしシベリアそうとく

旺文社世界史事典 三訂版 「東シベリア総督」の解説

東シベリア総督
ひがしシベリアそうとく

ロシアがシベリア統治のために置いた機関
ロシアは1822年スペランスキーの改革によりシベリアを東西に分割して,西シベリア総督と東シベリア総督を置いた。東シベリア総督府はイルクーツクに置かれ,この時同時に異民族統治規定や流刑囚法規などが定められた。1847年にムラヴィヨフが総督となってからは,極東方面への積極的な領土拡張が行われ,ネルチンスクの鉱業も盛んとなった。1882年には西シベリア総督府は廃止されて県が置かれ,残る地域はイルクーツク・アムール・ステップ・トルキスタンの4総督府に改編された。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

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