明治初期の東京大学の予備教育機関。1877年(明治10)官立東京英語学校と東京開成学校普通科(予科)を合併して,東京大学の法・理・文3学部進学者の4年制の予備教育課程として創設され,3学部の管轄下に置かれた。1881年3年制に変更。翌年5年制の医学部予科が予備門に編入され,従前の予備門が本黌,旧医学部予科が分黌に改称された。1883年には地方の中学校卒業生を対象とした英語学専修科を設置。翌84年の新入生からは本黌・分黌の区別がなくなり,4年制となった。1885年東京大学の管理を離れて文部省直轄の予備門として独立したが,東京大学への進学者を供給する唯一の教育機関であり続けた。翌86年中学校令により第一高等中学校となった。
著者: 冨岡勝
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報
政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新