東俣新田(読み)ひがしまたしんでん

日本歴史地名大系 「東俣新田」の解説

東俣新田
ひがしまたしんでん

[現在地名]頸城村東俣新田

北江(きたえ)用水に沿い、用水上に中村(なかむら)新田、用水下に飯田(いいだ)新田がある。正保国絵図に東俣村とあり、高七五石余。天和三年郷帳には東又新田とあり高九九石三斗余であった。同郷帳の蓮浄寺本には、うち高四〇石七斗余が無役高とある。文化一三年(一八一六)当村の池田覚右衛門はほか六名とともに高田藩の藩営事業である赤倉(あかくら)温泉(現妙高高原町)の開発名請人となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 誉田別尊 飯田

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む