東十条(読み)ひがしじゆうじよう

日本歴史地名大系 「東十条」の解説

東十条
ひがしじゆうじよう

昭和一二年(一九三七)成立した字。旧帯広きゆうおびひろ・下帯広・ヲベリベリ・基線・南一線・南二線・南三線・南四線。成立当時は北一―二丁目・南二―二〇丁目からなる。東九条ひがしきゆうじようの東に並行して南北に続く。南四―六丁目にかけては旧帯広川が数条に分れて流れている。南五―六丁目一帯は明治二六年(一八九三)の帯広市街区画後は晩成合資会社私有地となった。同二八年には南七―一三丁目にかけての地が十勝農事試作場(のち農事試験場)の敷地となった(状況報文・帯広市史)。昭和三五年同試験場移転後市街地化した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む