東大島塩田(読み)ひがしおおしまえんでん

日本歴史地名大系 「東大島塩田」の解説

東大島塩田
ひがしおおしまえんでん

[現在地名]寄島町片本・青佐・中新開

青佐(おおさ)山・竜王(りゆうおう)山麓の入江、通称寄島浜一帯にあった。天保期(一八三〇―四四)当地において盛んに行われた新田開発は、塩田を伴うものであり(寄島町沿革史)、鴨方藩の保護のもと製塩業が始められた。「撮要録」享保六年(一七二一)の記事に「東大島塩浜新田取立候事」とあり、安藤氏・小堀氏・八木氏の名がみえる。明治三八年(一九〇五)塩専売法実施当時の寄島浜の塩田は一六ヵ所、反別二八町余、生産高四一九万八五九斤の規模であった(日本塩業全書)。イオン交換膜製塩法導入により、昭和三四年(一九五九)に廃止。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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