東小屋村(読み)ひがしこやむら

日本歴史地名大系 「東小屋村」の解説

東小屋村
ひがしこやむら

[現在地名]黒磯市東小屋

東は三本木さんぼんぎ村、南は沼野田和ぬまのたわ村。天正一九年(一五九一)の那須与一郎資景知行目録(那須文書)には「東こうや」とあり、七〇石八斗一升。「東郷屋」とも記される。近世は初め那須藩領、貞享四年(一六八七)から幕府領。奥州街道鍋掛なべかけ宿の助郷村で勤高二七八石(黒磯市誌)。江戸時代初期に東方山中やまなか新田村を分村。正保二年(一六四五)原街道が村内を南北に通り、翌年問屋(臼井家)が設置されたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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