東山科村(読み)ひがしやましなむら

日本歴史地名大系 「東山科村」の解説

東山科村
ひがしやましなむら

[現在地名]緑区東山科町

明治一〇年(一八七七)成立の開拓村。村域は江戸時代の平山ひらやま村および坂尾さんご村・長峯ながみね(現若葉区)三村の入会秣場中峠なかびよう野の地で、慶応三年(一八六七)にはこの新田開発をめぐって長峯村などが争論を起こしているが、明治九年京都府山科やましな(現京都市山科区)の郷士四手井佐太郎や比留田権藤太らが移住し開墾に着手、翌年新村が設定された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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