東明屋村(読み)ひがしあきやむら

日本歴史地名大系 「東明屋村」の解説

東明屋村
ひがしあきやむら

[現在地名]箕郷町東明屋

矢原(やばら)村の東南にあり、西は白(しら)川を境に金敷平(かなしきだいら)村。緩やかな傾斜地で、中央を井野(いの)川、東を天神(てんじん)川が南流し、溜池をもつ。古くは東古屋敷といわれ、箕輪(みのわ)城築城後大手前の根小屋となった。大手が城の南に移って当地が搦手口になり、東明屋といわれるようになったともいう。寛文郷帳では田方二八石余・畑方二九七石余、三河中島藩領。正徳四年(一七一四)の幕府領分村明細帳(山木文書)によると、当村は幕府領と旗本牟礼郷・杉山領の三給で、各各一一〇石余の計三三一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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