東柏原新田(読み)ひがしかしわばらしんでん

日本歴史地名大系 「東柏原新田」の解説

東柏原新田
ひがしかしわばらしんでん

[現在地名]富士市東柏原新田

中柏原新田の東に位置し、東は駿東すんとう植田うえだ新田。南は駿河湾に面している。砂丘上を東海道が通り、それに沿い人家があった。元禄郷帳に村名がみえ高一八石余。国立史料館本元禄郷帳では幕府領。幕府領について記した天保一五年(一八四四)の村々様子大概書(江川文庫蔵)によれば、寛文一二年検地により高一八石余、反別田一反余・畑五町五反余、家数二〇・人数一〇四、農間に男は漁猟、女は往来茶屋で鰻のかば焼売などに従事した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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