東法田村(読み)ひがしほうでんむら

日本歴史地名大系 「東法田村」の解説

東法田村
ひがしほうでんむら

[現在地名]最上町東法田

向町(むかいまち)村の北西、最上小国(もがみおぐに)川支流白(しら)川の左岸山間に位置し、南西は法田村。吉村本村鑑によれば当初は法田村のうちであった。江戸中期頃同村より分村したものと考えられる。新田本村鑑では枝郷として初(はつ)ヶ沢(さわ)・楯(たて)の内(うち)・田中・久保田(くぼた)・窓塞(まとまたぎ)・大又(おおまた)の六ヵ村をあげ、元禄一三年(一七〇〇)には法田村内東法田村分として高四二四石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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