東溝尻村(読み)ひがしみぞしりむら

日本歴史地名大系 「東溝尻村」の解説

東溝尻村
ひがしみぞしりむら

[現在地名]浮羽町浮羽

近世中期、溝尻村が東西に分割して成立。「在方諸覚書」に古高の記載はなく、役高六五五石。享和二年(一八〇二)の春免高帳では高六六七石、文化四年(一八〇七)の畝付帳では本田三九町三反余・開田一町四反余・畑田九反余・畑四町六反余・居屋敷六反余。旧高旧領取調帳によると高六九八石余。宝暦一揆では百姓勘右衛門が主導者の一人として死刑晒首となり、当村庄屋は五郡払となった(旧久留米藩百姓一揆ニ関スル調査)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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