東蕗田村(読み)ひがしふきだむら

日本歴史地名大系 「東蕗田村」の解説

東蕗田村
ひがしふきだむら

[現在地名]八千代町東蕗田

飯沼新田(いいぬましんでん)から崎房(さきぶさ)村・鴻野山(こうのやま)村(現石下町)の間を細長く北上したヤト田の奥東側台地上に位置。西部はヤト田中に半円形に突出して、半島状台地を形成。小字には狐下(きつねした)・猿台(さるだい)・猿蓋(さるふた)などがある。古くは西蕗田村とともに法木田(ほうきだ)村を形成し(→西蕗田村)、元禄郷帳・天保郷帳に「法木田東蕗田村」とある。

水書家文書によれば寛政一〇年(一七九八)一二月、領主の旗本山高石見守に年貢先納金を申付けられ、名主瀬兵衛ほか組頭・百姓代の連名で五両の郷借りをし、文政期(一八一八―三〇)にも郷借りをしている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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