東蜆新田村(読み)ひがししじみしんでんむら

日本歴史地名大系 「東蜆新田村」の解説

東蜆新田村
ひがししじみしんでんむら

[現在地名]十四山村東蜆

西は村続きで西蜆(にししじみ)新田村、北は竹田(たけだ)新田村に続く宝(たから)川沿いの慶長三年(一五九八)開墾の村。「徇行記」によれば、村高一七四石余のすべてが蔵入地で、田は一三町二反三畝余、畑は四町三反六畝余。「寛文覚書」に戸数一〇、人数五〇とある。「徇行記」は「高ニ準シテハ戸口多ク、村キリニテハ耕田タラサルニヨリ、大宝新田・大宝前新田・竹田新田ノ田畝ヲ承佃スト也、此内高持ハ只三戸アリテ、アトハ皆無高ナリ(中略)当村新田内潮除井桁二百十間、悪水落井亀ケ地杁ヘ落ル」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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