東道免村(読み)ひがしどうめむら

日本歴史地名大系 「東道免村」の解説

東道免村
ひがしどうめむら

[現在地名]芦刈町大字道免字東道免

下古賀しもこが村の南方に隣接し、南北朝時代に成立した集落と考えられている。正保絵図に「新開村」、元禄絵図に「新ケ江村」とあるのが当村ではないかと考えられている。文化八年(一八一一)の平吉郷絵図で「東道目村」としてでてくる。嘉永六年(一八五三)写の大小配分石高帳では、地米(年貢)高六二三石九斗二升九合とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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