デジタル大辞泉
「大神宮」の意味・読み・例文・類語
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だい‐じんぐう【大神宮・太神宮】
- [ 一 ] 天照大神をまつる宮。すなわち、伊勢の皇大神宮(内宮)。また、天照大神をいう。
- [初出の実例]「告二斎王事于伊勢太神宮一〈略〉奉二幣帛於同太神宮一」(出典:続日本紀‐天平宝字二年(758)八月戊午)
- 「大神宮をすかし出たし奉まつらむために」(出典:米沢本沙石集(1283)一)
- [ 二 ] 伊勢の皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮)の総称。
- [初出の実例]「当寺勧進聖人重源〈俊乗房〉為レ祈二申造大仏殿事一。参二詣太神宮一」(出典:文治二年神宮大般若経転読記(1186))
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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大神宮
だいじんぐう
[現在地名]東海村村松
村松の東の海岸寄り、新川の北に鎮座する。祭神は天照皇大神。旧郷社。村松大神宮ともいう。
和銅元年(七〇八)平磯村前浦(現那珂湊市平磯町)の巨岩が怪光を発し、その光が真崎浦をさし示した。住民が恐れ占ったところ「伊勢の神なり」との神託があり、その垂示に従って奉斎したという。桓武天皇の時に奉幣があり、大同年中(八〇六―八一〇)平城天皇より「村松五所大明神」の神号を受けたと伝える。康平三年(一〇六〇)源頼義・義家父子が陸奥出兵の際に戦勝を祈願し、社殿を造営して神領を寄進したという。中世には神宮寺(虚空蔵)の建立で神仏習合を生じ、また戦乱のため社殿を焼くなど荒廃した。
大神宮
だいじんぐう
[現在地名]久慈市八日町
八日町裏通上手にある旧郷社で、祭神は天照大神と火産霊命。長内の平沢に鉄鉱山があった頃に祀られたといわれるだけで、創建年代は不詳。平沢から一時、上長内の勝田に移された後、長内川対岸の鳥居野に移って、さらに寛永二年(一六二五)現在地に遷座されたという。高山彦九郎が寛政二年(一七九〇)九月一五日当地に一宿し、「八日市神明の祭礼宵祭也とて参詣あり予も詣づ、浄衣烏帽子人数人、麻上下袴のもの多し」と記し、「千早振神代のことを伝へてや庭火たきつゝ祭をそする」と詠んでいる(北行日記)。
大神宮
だいじんぐう
[現在地名]岩泉町岩泉 天間
岩泉地区の西端に鎮座。天照大神など三神を祀る。旧郷社。「岩手県下閉伊郡志」によれば寛政一〇年(一七九八)盛岡藩一一代藩主南部利敬が神職に対し神祇崇敬の道を励むべきとの公諭を下した際、藤沢内匠・佐藤長次郎・熊谷重右衛門らが率先して諭旨を体し社殿の再建を企画、村民もその費用を寄付したという。文化九年(一八一二)の村々御用案詞帳(野田代官所文書)によれば別当藤沢内匠は「支配所氏子并信心の輩富鬮三会興行仕、右余分を以つて修覆」することを願出て許されている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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大神宮
だいじんぐう
伊勢(いせ)神宮の宮号(きゅうごう)の一つ。『延喜式(えんぎしき)』に「大神宮三座」と記されるのは皇大神宮をさし、二所(にしょ)大神宮とあるのは豊受(とようけ)大神宮を含めた併称である。その用例は『続日本紀(しょくにほんぎ)』に多くみられる。広義には、東京大神宮や、福島の開成山大神宮、高知大神宮、山口大神宮など、天照大御神(あまてらすおおみかみ)や豊受大神(おおかみ)を祀(まつ)る諸社の社号に用いられる。
[中西正幸]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内の大神宮の言及
【伊勢神宮】より
…三重県伊勢市にある皇大神宮(図1)と豊受(とゆけ)大神宮(図2)の総称。前者を内宮(ないくう),後者を外宮(げくう)といい,両宮を併せて伊勢大神宮,大神宮,二所大神宮などとも呼ばれたが,現在では,神宮を正式の名とし,一般に伊勢神宮と呼ばれている。…
【神明社】より
…天照大神または伊勢内外宮の神をまつった神社。神明宮,神明神社,太神宮,伊勢宮(いせみや)などともいう。神明とは神と同義で,中国の古典《左伝》《書経》にも見え,日本でも古くから用いられた語であるが,平安時代末期ごろから天照大神をさす語としても使用されるに至った。…
※「大神宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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