柳文朝(読み)やなぎ ぶんちょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「柳文朝」の解説

柳文朝(初代) やなぎ-ぶんちょう

?-? 江戸時代中期-後期浮世絵師
狩野(かのう)派の画をまなんだという。宝暦-寛政(1751-1801)のころ,常磐津(ときわず)正本の表紙,役者絵などをかいた。別号に南竜斎。

柳文朝(2代) やなぎ-ぶんちょう

?-1820 江戸時代後期の浮世絵師。
初代柳文朝の弟子。江戸尾張町にすむ。錦絵はかかなかったとつたえられ,肉筆画がのこっている。文政3年4月8日死去。別号に南柳斎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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