栃生村(読み)とちゆうむら

日本歴史地名大系 「栃生村」の解説

栃生村
とちゆうむら

[現在地名]朽木村栃生

安曇あど川中上流域両岸に集落が散在し、右岸腰越こしごえ野街道のかいどう左岸日野ひの右淵にぎりふちがある。北は村井むらい村、南は郡境となり、滋賀郡細川ほそかわ(現大津市)。郡境は中世には朽木庄明王みようおう院領葛川かつらがわ(現大津市)の境界でもあり、しばしば境相論が起こっている。葛川谷にも途中とちゆう(現同上)があるので、俗に朽木栃生ともよばれた。文永六年(一二六九)葛川住人は右淵瀬への朽木庄民の掠領を訴えている(「葛川常住并住人等申状案」葛川明王院史料)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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