根古村(読み)ねこむら

日本歴史地名大系 「根古村」の解説

根古村
ねこむら

[現在地名]鳴瀬町根古

小野おの本郷から北東方、気仙けせん道のだん(段)ぶり坂を越えたところにある東西に延びる丘陵低地を占める。壇振坂は当地方の武士の練兵の地であったという。北は大窪おおくぼ村、東は矢本やもと(以上現矢本町)正保郷帳に村名がみえ、田三四貫五一六文・畑四貫七六文で、新田五八文。「深谷風土記」(「鳴瀬町誌」所収)によると人頭一三人、田三四貫六六五文・畑四貫三七一文。ほとんどが小野本郷の富田氏の給地。元禄二年(一六八九)五月一〇日、芭蕉曾良は当地を通過し、「ねこ村」と記している(曾良旅日記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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