日本歴史地名大系 「桃生郡」の解説
桃生郡
ものうぐん
県の北東部に位置し、東部は北上山地、西部は旧北上川によって広く開析された沖積平野で、東西に帯状となっている。北は
郡の成立時期は明らかでないが、もとは牡鹿郡に含まれたと考えられている。「続日本紀」天平宝字元年(七五七)四月四日条に「陸奥国桃生」とみえる。郡としての初見は同書宝亀二年(七七一)一一月一一日条で、「陸奥国桃生郡人外従七位下牡鹿連猪手賜姓道嶋宿祢」とある。「和名抄」郡部によれば「毛牟乃不」と訓じる。
〔原始〕
遺跡の分布は東部は北上川流域の丘陵先端・入江奥部、西部は南北に横たわる低い
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報