根来窪村(読み)ねごろくぼむら

日本歴史地名大系 「根来窪村」の解説

根来窪村
ねごろくぼむら

[現在地名]桃山町みね

峰村の東、細野ほその川の支流深山みやま谷の谷川沿いにある山間の小村で、東は長谷はせみや(現海草郡美里町)に接する。天正年間(一五七三―九二)豊臣秀吉の根来攻めにより根来ねごろ(現岩出町)僧徒の一部がこの地に逃れ来てとどまったことにより村名が生じたと伝え、当地の林家には根来寺の怪僧小密茶の鎧・兜・名刀などがあったという。「続風土記」には「寛文八年新田開発の地なり(中略)元和寛文の頃家数七、八軒、今減して四軒なり、此村細野荘の地にあれとも荘中の支配を受けす、外亦属する所なし、山中僻遠の風みるへし」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む