桐ヶ作村(読み)きりがさくむら

日本歴史地名大系 「桐ヶ作村」の解説

桐ヶ作村
きりがさくむら

[現在地名]関宿町桐ヶ作、茨城県猿島郡さかい町桐ヶ作

新田戸につたど村の南東に位置し、東を利根川が流れ、河岸場(桐ヶ作河岸)も置かれていた。地内には嘉暦元年(一三二六)銘の武蔵型板碑が残される。慶長一一年(一六〇六)に写された埼玉県幸手さつて宝聖ほうしよう寺の大永五年(一五二五)三月二一日の末寺帳(同寺蔵)に「観音院 桐賀作」とみえるが、同末寺帳は検討を要する。寛文四年(一六六四)の板倉重常領知目録(寛文朱印留)に村名がみえ、関宿藩領。元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分では高三六一石余、同藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む