東飾郡(読み)ひがしかつしかぐん

日本歴史地名大系 「東飾郡」の解説

飾郡
ひがしかつしかぐん

面積:七一・八一平方キロ
関宿せきやど町・沼南しようなん

明治一一年(一八七八)の郡区町村編制法でそれまでの葛飾郡が改称して成立した。郡役所は松戸駅に置き、成立時には北は茨城県、西は江戸川を境に埼玉県・東京府、東は南相馬みなみそうま郡・印旛いんば郡・千葉郡に接し、南は東京湾に面していた。利根川と江戸川に挟まれた低湿地と海抜二〇―三〇メートルの台地からなる南北に長い平坦地である。明治二二年の町村制施行で九町二八ヵ村に統合。このうち明治初期の小金こがね牧開墾で成立した豊四季とよしき(現柏市)千代田ちよだ村と、十余二とよふた村は田中たなか(以上現同上)と組合村を結成した(双方とも大正三年に合併)。同じく塚田つかだ(現船橋市)法典ほうでん(現同上)も組合村結成。

明治二八年、江戸川を挟んだ東京府南葛飾郡、埼玉県北葛飾郡・中葛飾郡、茨城県西葛飾郡との間で一部郡域の変更があり、同二九年南相馬郡(二町四ヵ村)を編入し、一一町三二ヵ村となる。同三二年、利根川を挟んで茨城県北相馬郡・猿島さしま郡との間で一部郡域の変更があった。昭和九年(一九三四)三町一村が合併して市川市が成立したのをはじめとして、同一二年二町三村が合併して船橋市、同一八年一町二村が合併して松戸市が成立。第二次世界大戦後の同二四年大柏おおがしわ村が市川市に編入され、同二五年一町三村が合併して野田市が、同二九年九月二町二村が合併して東葛とうかつ市が成立した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報