桐ヶ瀬村(読み)きりがせむら

日本歴史地名大系 「桐ヶ瀬村」の解説

桐ヶ瀬村
きりがせむら

[現在地名]下妻市桐ヶ瀬

鬼怒(きぬ)川左岸、瀬戸井(せどい)街道沿いにあり、北は渋井(しぶい)村。中世は結城氏支族で多賀谷氏麾下の桐ヶ瀬氏が城を築いて支配したといわれる。江戸時代は旗本領で、元禄郷帳の村高は四七九石余。幕末は旗本飯田・阿部・永井・秋山各氏領各一一八石余、正法(しようほう)寺領七石、法泉院除地六斗余、東光(とうこう)寺除地八升(各村旧高簿)。水戸と瀬戸井(現結城郡八千代町)を結ぶ瀬戸井街道は当村で鬼怒川を渡河し、対岸の野爪(のづめ)(現八千代町)と結ばれ、桐ヶ瀬河岸は渡船場として賑った(下妻市史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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