デジタル大辞泉
「下妻市」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
Sponserd by 
下妻市
しもつまし
面積:六一・六三平方キロ
県西部にあり、東は小貝川を境に真壁郡明野町・筑波郡筑波町、南は結城郡千代川村、西は鬼怒川を境に同郡八千代町、北は真壁郡関城町に接する。小貝・鬼怒両河川の乱流によって生じた沖積低地と低地に突出た半島状の洪積台地(伊佐下妻台地)からなり、台地の間には砂沼・旧大宝沼などの長大な谷津地形がみられる。
「和名抄」に下真郷、「吉記」承安四年(一一七四)三月一四日条に下津真庄とあり、「吾妻鏡」治承五年(一一八一)閏二月二三日条には下妻四郎清氏の名がある。
〔中世〕
下妻地方は平安末期には新治西郡南条(関郡)に属し、すでに下妻庄が立荘されていた(吉記)。下妻庄の下司は、茨城南・筑波・関各郡一帯に強い支配力を有し、のちに鎌倉幕府の御家人となった下妻広幹が勤めたが、広幹は建久四年(一一九三)に誅せられ(「吾妻鏡」同年一二月一三日条)、下妻庄の地頭職は下野国の豪族小山朝政に与えられた(同書建久三年九月一二日条)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
Sponserd by 
下妻〔市〕
しもつま
茨城県南西部,常陸台地西部にある市。 1954年下妻町が上妻村,総上村,豊加美村,高道祖村の4村を編入して市制。 2006年千代川村を編入。鬼怒川,小貝川の両流域にまたがり,常総地方の水運による物資の集散地として繁栄。明治以後下妻支庁,裁判所,警察署,県立中学校が設置され,水戸,土浦とともに県下三大中心地の一つとなった。米作,野菜の施設栽培が行なわれるほか,ナシを特産。畜産は養豚が中心で子ブタ市場,食肉センターがある。工業は製粉,花火製造が盛んなほか,電機などの小規模工場が多い。詩人横瀬夜雨の生家,本殿が国の重要文化財に指定されている大宝八幡神社 (だいほうはちまんじんじゃ) ,国指定史跡の大宝城跡がある。関東鉄道常総線,国道 125号線,294号線が通る。面積 80.88km2。人口 4万2521(2020)。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
Sponserd by 