日本歴史地名大系 「桑津村」の解説 桑津村くわづむら 大阪府:大阪市東住吉区桑津村[現在地名]東住吉区桑津一―五丁目・駒川(こまがわ)一丁目・西今川(にしいまがわ)一丁目など住吉郡に属し、東村境辺りを駒(こま)川が北流する。宝永元年(一七〇四)の大和川付替えまでは東端を西除(にしよけ)川が北流していたが、付替えにより新大和川で断ち切られた川床に富田(とんだ)新田が開発された。北の村境を奈良街道が通る。弥生時代中期―近世に及ぶ桑津遺跡があり、大塚(おおつか)・赤塚(あかつか)・鑵子(かんす)塚の三基の古墳も築かれていた(明治六年「桑津村絵図」中之島図書館蔵)。桑(くわ)村ともよび、往時養蚕のため桑を植えたことにちなむと伝える。村名に「津」を付けるのは百済(くだら)川(平野川)の津であったためという(大阪府全志)。「日本書紀」応神天皇一三年条に「秋九月の中に、髪長媛、日向より至れり、便ち桑津邑(くはつのむら)に安置らしむ」とみえ、この桑津邑を当地とする説もある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by