桑田郷・桑田庄(読み)くわたごう・くわたのしよう

日本歴史地名大系 「桑田郷・桑田庄」の解説

桑田郷・桑田庄
くわたごう・くわたのしよう

和名抄」にみえる築城郡桑田郷の郷名を継承したとみられる中世の郷庄。城井きい川流域の現築城町櫟原いちぎばるから安武やすたけに及ぶ一帯に比定される。「宇佐大鏡」によると、もとの桑田郷内の宇佐神領は公領内に散在する半不輸の常見名田二六二町余(正しくは一六二町余か)であったが、仁平二年(一一五二)伝法寺でんぼうじ庄が立券庄号された時、桑田郷一六二町六反余は同庄の加納に組入れられた。この時の当郷の四至は「東限赤幡社、南限伝法寺堺二石、西限船坂峯、北限熊瀬木大路」で、「船坂峯」は現在の安武と船迫ふなさことの間の丘陵、「熊瀬木大路」は古代からの豊前国府と豊後国府を結ぶ官道をさすと考えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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