桜井藩(読み)さくらいはん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「桜井藩」の意味・わかりやすい解説

桜井藩
さくらいはん

上総(かずさ)国望陀(もうだ)郡桜井村(千葉県木更津(きさらづ)市)に陣屋を置いた譜代(ふだい)藩。1万石。駿河(するが)国小島(おじま)藩1万石の藩主松平(滝脇(たきわき))信敏(のぶとし)は、1868年(慶応4)徳川家達(いえさと)の駿府(すんぷ)入封に伴い、領地を上総国市原・望陀・周准(すす)3郡の内に移され、初め周准郡南小安(みなみこやす)村字(あざ)金ヶ崎に仮陣屋を建設したが、その地が不便であったため1869年(明治2)に桜井村に陣屋を移した。71年に廃藩藩領は桜井県となった。のち木更津県を経て千葉県に編入

[川名 登]

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