梁田村(読み)やなだむら

日本歴史地名大系 「梁田村」の解説

梁田村
やなだむら

[現在地名]新鶴村立石田(たちいしだ)

佐賀瀬(さかせ)川左岸に開けた田園地帯にあり、東は新屋敷(しんやしき)村、南東は立行事(たちぎようじ)村。延徳二年(一四九〇)三月吉日の法用(ほうよう)寺(現会津高田町)の仏壇厨子修理銘に「仏旦塗 旦那 梁田住仁源性珠禅尼葦田輔行治郎衛門」とある。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に「穴田」とあり、高一九二石余。寛文五年(一六六五)の「万改帳大沼郡中荒井組」では本田高一九二石余・新田高二石余、免六ツ五分、家数二五、竈三〇、男七八・女五〇、馬一五。明治四年(一八七一)の家数二〇・人数一一〇(人員録)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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