梅橋村(読み)うめばしむら

日本歴史地名大系 「梅橋村」の解説

梅橋村
うめばしむら

[現在地名]掛川市梅橋

垂木たるき川とさか川の合流点の南にあり、西と南は山名やまな石野いしの(現袋井市)、北は逆川を挟んで徳泉とくいずみ村。天正一八年(一五九〇)二月一一日の伊奈忠次知行書立写(南紀徳川史)によると、忠次は渡辺生綱に一〇〇俵の地を与え、そのうちに曾我そが庄内「梅橋之郷」の六〇俵一斗が含まれている。文禄二年検地高目録に村名がみえ、高三一七石余。元和五年(一六一九)以降は掛川藩領。正保郷帳では田方二五六石余・畑方四四石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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